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東京地方裁判所 平成7年(ワ)4436号 判決

原告

福山秀子

被告

佐藤善和

ほか一名

主文

一  被告佐藤善和は、原告に対し、金八〇万五二七八円及び内金七〇万五二七八円に対しては平成五年一〇月八日から、内金一〇万円に対しては平成七年三月二九日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社東北レンタルは、原告に対し、金八〇万五二七八円及び内金七〇万五二七八円に対しては平成五年一〇月八日から、内金一〇万円に対しては平成七年三月二八日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を、いずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その八を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告に対し、金一二二〇万五二七八円及び内金一〇七万五二七八円に対する平成五年一〇月八日から、内金一五〇万円に対する、被告佐藤善和(以下「被告佐藤」という。)については平成七年三月二九日から、被告株式会社東北レンタル(以下「被告会社」という。)については平成七年三月二八日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び証拠上優に認定できる事実

1  本件事故の発生

(一) 事故日時 平成五年一〇月六日午前一一時一〇分ころ

(二) 事故現場 山形市旗籠町二丁目二番一三号先歩道上

(三) 被告車 普通貨物自動車

運転者 被告佐藤

所有者 被告会社

2  相続(甲一、二、八、原告本人尋問の結果)

原告は、訴外福山榮三(以下「訴外榮三」という。)の妻であり、遺産分割の結果、訴外榮三の損害賠償請求権の全額を相続した。

二  争点

1  責任原因

原告は、

(一) 被告佐藤は、被告車を後退させて歩道上を進行させる際は、後方を確認し、歩道上に歩行者がいないかを確認し、かつ、徐行して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と被告車を後退させた過失によつて、訴外榮三に被告車を衝突させ、訴外榮三を死亡させたので、民法七〇九条により、損害を賠償する義務がある。

(二) 被告会社は、被告車の所有者であり、本件事故当時、被告車を自己の運行の用に供していたから、自動車損害賠償保障法三条により、損害を賠償する義務がある。

と主張するのに対し、

被告は、「訴外榮三が死亡したのは、訴外榮三が、誤つて自ら転倒した結果であり、被告車と訴外榮三は衝突しておらず、訴外榮三の死亡との間には因果関係がない。」と主張している。

2  過失相殺

仮に、被告らに責任が認められるとしても、本件道路は歩道か車道かが判然としない道路であり、訴外榮三に歩道を歩行中であつたの認識があつたとは考えが難く、訴外榮三は車両に対する相応の注意を払うべきであり、かつ、訴外榮三は被告車が後退してくることを確実に認識し得たので、訴外榮三の損害額の算定に当たつては過失相殺されるべきである。

第三争点に対する判断

一  甲七、被告佐藤本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告佐藤は、被告車を後退した際、運転席ドアから顔を出し、被告車の右後方のみを確認しながら被告車を後退させたこと、被告車を後退させた直後、右後方の歩道上を歩行していた女性歩行者の「きやー」という悲鳴が聞こえたので、交通事故を起こしたのではないかと直感し、被告車を停止し、被告車から降りて後方に行つたところ、訴外榮三が仰向けに倒れ、頭部から出血していたこと、訴外小嶋京子及び同千葉善蔵は、いずれも衝突の状況こそ目撃してはいないものの、被告車の停止直後に訴外榮三が事故現場に倒れるのを目撃していること、訴外榮三の死因は硬膜下血腫と認められるが、これは主として後頭部右側に作用した激しい力により生じたと考えられること、訴外榮三は転倒したことが認められるが、訴外榮三に作用したと考えられる激しい後頭部の打撲は路面に自分で転倒した場合に受けることはほとんど不可能と考えられ、何らかの外力が加わつた際の激しい転倒によつて生じたと考えるのが合理的であること、被告佐藤は、刑事事件においては、操作段階で自らの後方不注視を認め、略式で五〇万円の罰金に処せられていることが認められる。

二  以上によれば、被告佐藤が、被告車を後退させて路外に進行させる際、後方確認を欠いて被告車後退させた結果、歩道上を歩行中の訴外榮三に被告車を衝突させて同人を路上に転倒させ、その結果、訴外榮三を死亡させたものと認められるので、被告両名に、訴外榮三に生じた損害を賠償する責任が認められることは明らかである。

次に、右の様な事故態様に加え、訴外榮三に過失があつたと認めるに足りる証拠はないので、本件では、過失相殺をすることは相当ではない。

第四損害額の算定

一  訴外榮三の損害

1  治療費 二万四七二〇円

甲四の一及び原告本人尋問の結果により認める。訴外榮三は、本件事故によつて脳挫傷等の重篤な傷害を負つて治療のために入院し、本件事故から三日後の平成五年一〇月八日に死亡したのであるから、入院加療のため個室を使用することは、本件事故と相当因果関係が認められる。

2  文書費 六一七〇円

甲四の一及び原告本人尋問の結果により認める。

3  入院雑費 五〇一〇円

甲四の一及び原告本人尋問の結果により認める。右は、通信費と認められるが、訴外榮三は、東京に居住しており、旅行先で本件事故に遭遇したこと、親族等関係者は東京に在住していることから、右通信費も本件事故と相当因果関係が認められる。

4  入院付添費 一万八〇〇〇円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外榮三は、本件事故後、死亡するまでの三日間、入院して治療を受けたが、その期間中付添看護を要し、嬬である原告が付添看護をしたこと、入院付添費としては、経験則上、一日当たり六〇〇〇円が相当であると認められるので、本件においては、入院付添費は一万八〇〇〇円が相当と認められる。

5  医師への謝礼 二〇万円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外榮三は、医師への謝礼として二〇万円を支出したことが認められるが、訴外榮三の症状、訴外榮三自身が医師であること等、証拠上認められる本件の諸事情に鑑みると、本件では、医師への謝礼も、本件事故と相当因果関係が認めるのが相当である。

6  遺体運搬費 三〇万七七三〇円

甲四の二により認める。訴外榮三は、東京に居住しており、旅行先で本件事故に遭遇したことから、右遺体運搬費も本件事故と相当因果関係が認められる。

7  葬儀費用 一二〇万円

経験則上、本件と因果関係の認められる葬儀費用は一二〇万円と認めるのが相当である。

8  逸失利益 一二九四万三六四八円

(一) 甲一、五の一のないし五、乙二及び弁論の全趣旨によれば、訴外榮三は、本件事故時満八七歳の男性であつたが、訴外財団法人日産厚生会玉川病院に医師として勤務しており、平成四年度には六七二万三〇〇〇円の収入を得ていたこと、訴外榮三は、本件事故で死亡しなければ、少なくとも三年間は医師として稼働できたと認められること、訴外榮三は、年額一〇四万三六〇〇円の恩給及び年間二五六万一三〇〇円の老齢厚生年金の合計三六〇万四九〇〇円を受領していたこと、原告は、訴外榮三が死亡後、四分の三に相当する額を遺族年金として受領していること、平成四年の男子八七歳の平均余命は、四・一七年であることが認められるので、訴外榮三の逸失利益は以下のとおりと認められる。

(二) 医師としての収入分について 一一〇一万六三〇七円

訴外榮三は、平均余命までの期間のうち三年間は、医師として稼働できたと認められ、その間右六七二万三〇〇〇円の得べかりし収入を失つたと認められるので、逸失利益は、右六七二万三〇〇〇円から生活費を四〇パーセント控除し、三年間の新ホフマン係数二・七三一を乗じた額である金一一〇一万六三〇七円となる(原告請求のとおり)。

(三) 恩給及び年金分について 一九二万七三四一円

訴外榮三が死亡したことで、平均余命までの四年間にわたり、毎年、訴外榮三が受領していた年額一〇四万三六〇〇円の恩給及び年間二五六万一三〇〇円の老齢厚生年金の合計三六〇万四九〇〇円の四分の一の九〇万一二二五円の得べかりし収入を失つたと認められるので、逸失利益は、右九〇万一二二五円から生活費を四〇パーセント控除し、四年間の新ホフマン係数三・五六四三を乗じた額である金一九二万七三四一円となる(原告請求のとおり)。

(四) 合計 一二九四万三六四八円

9  慰謝料 一六〇〇万円

訴外榮三の年齢、訴外榮三と原告は、一〇年前に結婚し、訴外榮三は、本件事故で死亡するまで健康で、前記のとおり、訴外財団法人日産厚生会玉川病院に医師として勤務していたこと、本件事故の態様等、証拠上認められる諸事情に鑑みると、本件における訴外榮三の慰謝料は一六〇〇万円が相当と認められる。

10  小計 三〇七〇万五二七八円

二  損害てん補 三〇〇〇万円

自動車損害賠償責任保険より三〇〇〇万円が支払われていることは、当事者間に争いがないので、訴外榮三の損害残額は七〇万五二七八円である。

三  弁護士費用 一〇万円

本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は、金一〇万円が相当と認められる。

四  合計 八〇万五二七八円

以上の次第で、原告の損害額は八〇万五二七八円となる。

なお、原告は、遅延損害金は、弁護士費用を除く損害については平成五年一〇月八日から、弁護士費用については訴状送達の日の翌日から請求している。したがつて、右八〇万五二七八円の内金七〇万五二七八円に対して平成五年一〇月八日から、内金一〇万円に対して、被告佐藤については訴状送達の日の翌日は平成七年三月二九日であるから同日から、被告会社については平成七年三月二八日であるので同日から、それぞれ支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金を認めるのが相当である。また、被告佐藤と被告会社は連帯して債務を負担するところ、被告佐藤と被告会社については遅延損害金の起算点が異なるので、被告佐藤と被告会社は、被告佐藤が負担する限度で、原告に対し連帯して支払うべき義務を負うものと認められる。

第五結論

以上の次第で、原告の請求は、被告佐藤に対し、金八〇万五二七八円及び内金七〇万五二七八円に対しては平成五年一〇月八日から、内金一〇万円に対しては平成七年三月二九日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを、被告会社に対し、金八〇万五二七八円及び内金七〇万五二七八円に対しては平成五年一〇月八日から、内金一〇万円に対しては平成七年三月二八日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを、被告佐藤の負担する額の限度で連帯して支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 堺充廣)

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